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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)290号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の本件審決を取り消すべき事由について判断する。

1 取消事由(1)について

(一) 成立に争いのない甲第二号証(昭和五一年特許出願公開第七三〇五四号公報)、第三号証(昭和五五年四月三〇日付手続補正書)、第四号証(昭和五七年七月六日付手続補正書)によれば、本願明細書(右各手続補正書による補正後の右公報を、以下、「本願明細書」という。)の発明の詳細な説明の欄には、「本発明は、通常ならば粘着するはずの表面に対して柔軟なシート材料を非粘着性にするための無溶剤組成物に関するものである。」(甲第二号証(3)頁左上欄五行ないし七行)、「感圧接着系のごとき材料用の剥離剤としては、従来、シリコーン組成物が使用されてきた。これらの剥離剤はこれまでの反応性シリコーン重合体の溶剤溶液または水性乳濁液であつた。」(同(3)頁左上欄一二行ないし一五行)、「完全な水性の組成物ならば大気汚染や溶剤回収の問題はないが、この種の組成物の使用はアスフアルトやラテツクスの包装のごとき特殊な用途のみに限られていた。」(同(3)頁右上欄三行ないし六行)、「溶剤の使用は、いかなる場合であれ、粘度を低下させかつシリコーン組成物の取扱いおよび塗布を容易にするために不可欠であると考えられてきた。また、溶媒の適切な選択によつて高度の反応性を持つたポリシロキサンが安定化される場合には、通常ならば不安定な組成物が優れた保存寿命を獲得することも知られていた。」(同(3)頁左上欄七行ないし一三行)、「かかる組成物の難点の一つとして、硬化工程中に蒸発させるべき溶剤に関係する問題がある。もし大気中に放出すればこの溶剤は大気汚染を引起すため、高価な溶剤回収設備が必要とされる。」(同(3)頁左上欄一九行ないし右上欄三行)、「この度、通常ならば粘着するはずの表面に対して柔軟なシート材料を非粘着性にするための無溶剤ポリシロキサン組成物を処方し得ることが見出された。かかる組成物は、低粘度のビニル基連鎖停止ポリシロキサンまたは低粘度のシラノール基連鎖停止ポリシロキサン、オルガノヒドロゲノポリシロキサンおよび組成物硬化用の触媒の使用に基づくものである。この種の組成物は溶剤を使用しなくても紙の基体に塗布することができる。」(同(3)頁右上欄一四行ないし左下欄三行)と記載されていることが認められる。

右事実によれば、従来、感圧接着系のごとき材料用の剥離剤に用いられてきた反応性シリコーン重合体含有組成物の場合、組成物の粘度を低下させ、取扱いおよび塗布を容易にするため、更には、組成物を安定化して優れた保存寿命を獲得するために使用されていた溶剤が、大気汚染物質であるために、組成物の硬化工程で溶剤を蒸発させる際に、溶剤を回収するための高価な設備を必要とする問題があつたことから、本願発明は、右のような高価な溶剤回収設備を必要としない剥離剤組成物を提供することを目的としたものであり、低粘度のビニル基連鎖停止ポリシロキサンまたは低粘度のシラノール基連鎖停止ポリシロキサン、オルガノヒドロゲノポリシロキサン及び組成物硬化用の触媒を使用して構成した組成物は、溶剤を使用しなくても紙の基体に塗布することができるという知見を基に、特許請求の範囲に記載されている構成の組成物の発明をしたものであることが、認められる。そして、前掲甲第四号証によれば、本願の特許請求の範囲の記載は、請求の原因二「本願発明の要旨」記載のとおりであることが認められる。

更に、前掲甲第二ないし第四号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、「ビニル基連鎖停止ポリシロキサンおよびオルガノヒドロゲノポリシロキサンを硬化させるための好適な触媒は白金触媒である。」(甲第二号証(4)頁左上欄一九行ないし右上欄一行)、「ビニル基連鎖停止ポリシロキサンの重量を基礎として五~五〇ppmの白金を与えるのに十分な量で白金触媒が存在すれば特に好ましい。」(同(4)頁右上欄二〇行ないし左下欄三行)、「シラノール基連鎖停止ポリシロキサンを含有する組成物は〇・一~一(重量)%の有機すず化合物によつて硬化させられる。」(同(4)頁右下欄三行ないし五行)と記載され、右記載に加えて、「ビニル基連鎖停止ポリシロキサン系の場合には、一〇〇~五〇〇ppm、好ましくは二〇〇~四〇〇ppmのアクリロニトリルで安定化することができる。このアクリロニトリルは、被覆作業中に蒸発してしまうまでの間、組成物の硬化を防止する。」(同(5)頁右上欄四行ないし八行)と記載され、実施例として、シラノール基連鎖停止ジメチルポリシロキサン一〇重量部、メチルヒドロゲノポリシロキサン一重量部及び、ジブチルすずジ―2―エチルヘキソエート〇・三重量部とから調整された組成物(実施例1)と、ビニル基連鎖停止ジメチルポリシロキサン一〇重量部、メチルヒドロゲノポリシロキサン〇・五重量部に、アクリロニトリル〇・〇〇四重量部と、〇・〇〇〇〇五重量部の白金(五%の白金含量を有する塩化白金酸のn―ブタノール溶液中の重量)とを加えて調整された組成物(実施例2及び実施例3)が記載され、右各組成物は、いずれもそのまま基体に塗布することができるものであり、また、いずれも同等の剥離力を有し、かつ摩擦によつて汚れない被膜を提供するものであることが記載されていることが、それぞれ認められる。

右事実及び前記認定の本願明細書の発明の詳細な説明の欄中の従来の組成物の難点に関する記載によれば、右実施例2及び実施例3の組成物で白金触媒の調整用に使用されている「n―ブタノール」や、組成物安定化剤として使用されている「アクリロニトリル」などは、いずれも組成物の硬化時に蒸発する物質であること、しかし、組成物全体に対する触媒や安定化剤の添加量は極めて少量であることが、いずれも認められる。そうすると、右実施例2及び実施例3の組成物は、本願発明が解決すべき技術的課題としている前叙の、組成物の取り扱い及び塗布を容易にするなどの目的で従来使用されていた大量の溶剤を必要とせず、したがつて、蒸発した溶剤の回収のための高価な設備を必要としないシリコーン組成物を提供するという目的にかなうものであると認められる。そうであつてみれば、右実施例2及び実施例3の記載は、本願発明の場合、「組成物中に添加される触媒の調整に必要な」溶剤量や、「組成物に対する安定化剤として添加される」溶剤量程度であれば、組成物中に含むことができることを説明しているものと解することができる。

また、前掲甲第二ないし第四号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、前記本願発明の実施例2及び実施例3記載の組成物に相当する構成の組成物である、硬化用触媒として白金触媒を使用する組成物(甲第三号証の実施態様1)や、安定化剤としてアクリロニトリルを使用する組成物(同実施態様2)が、本願発明の実施態様であるとして明記されていること並びに本願発明の組成物における必須成分として特許請求の範囲に明記されている「ビニル基連鎖停止ポリシロキサン」を用いた組成物の作用効果を具体的に説明する記載であるといえる記載が、右実施例2及び実施例3の記載のみであることがそれぞれ認められる。

以上の事実を総合すると、本願発明の組成物は、「組成物中に添加される触媒の調整に必要な」量の溶剤や、「組成物に対する安定化剤として添加される」量の溶剤を許容するものと解するのが相当である。そうすると、本願明細書の特許請求の範囲に記載されている「完全無溶剤組成物」及び「組成物硬化用触媒」という用語は、いずれも、触媒調整のため、又は組成物を安定化するためにそれぞれ必要とする量程度の溶剤(アクリロニトリルが溶剤としても使用可能であることは、原告の認めるところであるから、アクリロニトリルを溶剤と称しても差し支えないものと解される。)であれば、それらを含有する場合をも包含することを意味するものとして使用されているものと解するのが相当である。

したがつて、本願発明の「完全無溶剤組成物」は、厳密にいえば、完全無溶剤組成物であるとはいえないとした本件審決の認定判断に誤りはないといわなければならない。

(二)(1) 原告は、本願発明の「完全無溶剤組成物」は、一切の溶剤を含有しないものであり、本願発明の必須成分たる触媒は、「溶剤を全く含まない組成物硬化用の触媒」と把握されるべきものであると主張し、その理由として、日常語としての「完全」は、例外を許容しない絶対概念、程度という相対性を離れた絶体概念であり、化学技術用語としての「完全」も、日常語としての「完全」と別異に解されるものではないと述べる。

しかしながら、本願発明の属する技術分野において、「完全無溶剤」ないし「完全無溶剤組成物」なる用語が、原告主張のとおりの意味を有する技術用語として確立されたものであることを認めるに足りる証拠はなく(「完全無溶剤」という用語が、技術用語として一般的に用いられていないことは、原告の認めるところである。)、したがつて、右用語の意味、内容が、その解釈に全く二義を許さない程に当業技術者にとつて明確であるとはいえない以上、特許請求の範囲に記載の「完全無溶剤組成物」なる用語について、本願明細書全体の記載を斟酌してその意味、内容を把握しなければならないところ、前掲甲第二ないし第四号証によれば、本願明細書中には、「完全無溶剤組成物」という用語について、これを定義する規定はないことが認められ、逆に、本願明細書の特許請求の範囲に記載されている「完全無溶剤組成物」及び「組成物硬化用触媒」という用語は、いずれも、触媒調整のため、又は組成物を安定化するためにそれぞれ必要とする量程度の溶剤であれば、それらを含有する場合をも包含することを意味するものとして使用されているものと解されることは、前叙のとおりであるから、原告の前記主張は、理由がなく、採用できない。

なお、原告は、本願における補正の経緯及び産業別審査基準を挙げて、前記原告の解釈が正しい旨を主張するが、本願における補正の経緯及び産業別審査基準が、もつて直ちに本願明細書の特許請求の範囲に記載されている「完全無溶剤組成物」という用語の意味、内容を規定するものであることを認めるに足りる証拠はなく、本願明細書の記載から、前叙のとおり解されるのであるから、原告の右主張も採用できない。

(2) 次に、原告は、本願発明の技術的課題は、溶剤使用の絶対的回避であり、ポリシロキサンを含有する組成物の取扱いや塗布を容易にしたり、同組成物を安定化したりするための溶剤の使用のみを回避するという、溶剤の用途による使用制限ではないとして、本件審決が白金触媒を用いる例を本願発明の実施例とみて、これを前提として、本願発明を「完全無溶剤組成物であるとはいえない」とするのは誤りである旨主張する。

しかし、従来、反応性シリコーン重合体含有組成物の粘度を低下させ、取扱い及び塗布を容易にするため、更には、組成物を安定化して優れた保存寿命を獲得するために使用されていた溶剤が、大気汚染物質であるために、組成物の硬化工程で溶剤を蒸発させる際に、溶剤を回収するための高価な設備を必要とする問題があつたことから、本願発明は、右のような高価な溶剤回収設備を必要としない剥離剤組成物を提供することを目的(技術的課題)としたものであることは、前叙のとおりであるから、右認定と異なる本願発明の技術的課題を前提とする原告の右主張も、採用できない。

(三) よつて、取消事由(1)は採用できない。

2 取消事由(2)について

(一) 成立に争いのない甲第五号証(昭和四九年特許出願公開第四七四二六号公報)によれば、引用例には、「本発明は、被覆組成物、特にオルガノポリシロキサンを基礎とするそのような組成物に関する。」(甲第五号証(1)頁左下欄一四行ないし一六行)、「オルガノポリシロキサンを基礎とする組成物の広範な多種多様なものは公知であり、被覆基材例えば紙及びフイルム材例えばポリオレフイン、ポリエステル及び再生セルロース膜、金属箔及びその他類似物に付着性を与えるために使用されている。」(同(1)頁左下欄一七行ないし右下欄二行)、「これら組成物の欠点は、組成物を基材に施し易くするために溶剤を使用する必要があることである。」(同(1)頁右下欄二行ないし四行)、「本発明によれば、新規かつ有用な被覆組成物として、全ポリシロキサン一〇〇重量部当り、主として、二〇℃で五〇〇〇cPを越えない粘度のヒドロキシ末端ジオルガノポリシロキサン八〇~九九重量部、二〇℃で五〇〇〇cPより低い粘度のオルガノヒドロゲンポリシロキサン一~二〇重量部及び全ポリシロキサン一〇〇重量部当り、白金として計算して〇・一重量部までの、後記のような白金触媒よりなる。」(同(1)頁右下欄五行ないし一三行)、「この組成物は紙に対して良好な付着性を有する汚れを含まない固体に硬化した。硬化せるポリシロキサンの抗付着性又は付着性を測定するために、品質T二四タクストリツプ(中略)の細長片をそれに対して七〇g/cm2の負荷下に二〇℃で二〇時間押し付け、次に速度三〇cm/分でそれからはがれ試験を行つた‥タクストリツプのはがれに必要な力は二七g/インチであつた。ポリシロキサン組成物で被覆しなかつた紙に対する同様の試験では、タクストリツプのはがれに必要な力は三三〇g/インチ(巾)であつた。」(同(3)頁左下欄一六行ないし右下欄八行)、「本発明の組成物中に溶剤不含であることは、被覆をより低い熱入力で硬化させる。もちろん溶剤除去に伴う火事及び爆発の危険もさけられる。」(同(3)頁左上欄一八行ないし右上欄一行)と記載されていること、及び右記載に加えて、組成物の具体例として、トルエン九八部中にビス(ジエチルスルフイド)ジクロル白金を二部溶解して調整した触媒溶液の二部を一〇〇部のヒドロキシ末端基のジメチルポリシロキサンと四部のメチル水素ポリシロキサンと混合して調整した組成物(例1)が記載されていることが認められる。

右事実によれば、引用例記載のものは、本願発明の組成物と同様、感圧接着剤のような接着材料用の剥離剤組成物であり、このような剥離剤組成物では、従来、該組成物を基材に施し易くするために不可欠の成分ではあるが、その後、該組成物を硬化せしめて基材に固定する際に除去されていたところのものである溶剤が、危険なものであつたため、その溶剤によりもたらされる諸問題を解決するために、溶剤不含の組成物を提供することを目的とするものであり、具体的手段として、触媒であるビス(ジエチルスルフイド)ジクロル白金をトルエン溶液の形で用いることによる少量の溶剤以外には、組成物中に、組成物を基材に施し易く(基体に塗布し易く)するための溶剤を使用していないものであることが認められる。

してみると、引用例記載の組成物では、溶剤は触媒成分を他の成分と均一に混合するために必要な量があれば足りることは明らかであるから、組成物を調整するために使用される触媒成分と他の成分との組み合わせに応じて、触媒溶液の調整に溶剤が必要な場合には、溶剤使用量を必要最小限に抑えて組成物を調整すること、また、使用される触媒成分が、そのままでも他の成分と均一な混合物を形成できるものの場合には、溶剤を全く使用することなく組成物を調整するという程度のことは、引用例記載の組成物が、この種の組成物の調整に用いられていた危険な溶剤に起因する諸問題を排除することを解決すべき技術的課題とし、そのために、組成物を溶剤不含の組成物、殊に、基体に塗布し易くするために用いられていた溶剤を使用しない組成物としたものであるという前記認定の事実から、当業技術者であれば容易に想到しえたものということができる。

そして、以上の事実によれば、本願発明の組成物の奏する前記効果は、引用例記載の溶剤不含の組成物が奏する、溶剤によりもたらされる諸問題を解決するという効果と軌を一にするものと認められ、したがつて、本願発明が、引用発明から予期し得ない特段の効果を奏しえたものとすることはできない。

(二)(1) 原告は、引用例における「溶剤不含」とする要求水準は、本願発明の大気汚染防止という目的を達成するための「完全無溶剤」の水準に比べて、その要求水準が格段に緩やかであるから、このような要求水準の緩やかな溶剤低減の目的を達成するための「溶剤不含」とする引用例の構成から、含有溶剤の量を低く抑制する点では格段に厳しい水準を満たすことが求められる本願発明の目的を達成するための「完全無溶剤」という組成物の構成が示唆されるものではない。また、本願発明の実施例2で使用されている約〇・〇一部のn―ブタノール量では溶剤としての機能はなく、単に白金触媒の分散を良くするために用いられているにすぎないのに対し、引用例の例1で用いられている約二部のトリエンの場合、トルエンが含有されているポリシロキサン組成物の二〇℃での粘度が約七四〇cPであるのに対し、トルエンが全て蒸発したと考えられる三時間後の組成物の二〇℃での粘度が約九三〇cPであり、トルエンの存在、不存在で約二〇〇cPも粘度が変化しているように、トルエンは溶剤として機能して組成物の粘度を低下させているものであるので、引用例では、大気汚染の防止という問題についての認識は全くない旨主張する。

しかし、前叙のとおり、引用例の組成物が、組成物を基材に施し易くするために用いられていた溶剤を使用しないものとすることの目的が、組成物硬化時における溶剤蒸発に伴う危険の排除にある点では本願発明と軌を一にするものである以上、例えば、組成物調整段階で触媒成分を溶液の状態で使用する必要がある場合、溶剤使用量を必要最小限度に止めることは、当然考慮されるべき技術的事項であり、この点は本願発明のものと同様であると解されるから、引用例の組成物の場合にのみ、溶剤の許容含有量に関する水準が本願発明のものに比べて緩やかであるとはいえないから、引用発明の「溶剤不含」の要求水準が本願発明に比べて格段に緩やかであることを前提とする原告の前記主張は採用できない。また、原告が指摘する引用例の例1におけるポリシロキサン組成物の粘度に関する記載は、前掲甲第五号証によれば、「このようにして生成したポリシロキサン組成物は、初め二〇℃で粘度七四〇cPを有しかつ三時間後に二〇℃で九三〇cPを有していた。」(甲第五号証(3)頁左下欄一一行ないし一三行)というものであることが認められ、右記載からは、調整された組成物が二〇℃の温度で三時間後には七四〇cPから九三〇cPまで変化したことが認められるに止まり、右の粘度増加が組成物に添加された触媒溶液中のトルエン成分の蒸発の結果であることを認めるに足りる証拠はないから、引用例の例1におけるトルエンは、溶剤として機能して組成物の粘度を低下させているものであるとはいえない。したがつて、トルエンは溶剤として機能して組成物の粘度を低下させているものであることを前提とする原告の前記主張は、前提において誤りがあり、採用できない。

(2) 次に、原告は、本願発明の組成物は、引用例の組成物と比較し、その溶剤量が極めて少ないという構成上の相違があり、被告指摘の「好適な組成物」に関する本願明細書の記載部分は、ビニル基系のものとシラノール基系のものとを漫然区別することなく包摂する形で記載した部分である旨主張する。

しかし、前掲甲第二号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の欄の被告指摘部分には、本願発明の「好適な組成物」として、その触媒量として、ビニル基またはシラノール基連鎖停止ポリシロキサン五~二〇部及びオルガノヒドロゲノポリシロキサン〇・一~五部に対し、〇・〇〇〇〇一~一部のものが示されていることが認められ(甲第二号証(5)頁右上欄一二行ないし一八行参照)、右事実によれば、右触媒量は、計算上、全ポリシロキサン一〇〇部当たり約〇・〇〇〇〇四~一九・六部に相当することとなる。そして、仮に、触媒量を〇・一部として、本願発明の実施例2におけるような五%触媒溶液を使用するとして計算すると、その溶剤量は約二部となる。一方、前掲甲第五号証によれば、引用例には、その触媒量は、全ポリシロキサン一〇〇部当たり〇・〇〇一~〇・〇五部を使用するのが有利であると記載されていることが認められ(甲第五号証(2)頁右下欄下から六行ないし一行参照)、これを引用例の例1におけるような二%触媒溶液として用いるとした場合、その溶剤量は計算上約〇・〇五~二・五部となる。したがつて、右に示した本願発明の溶剤量である約二部とは重複することになる。原告は、本願明細書の前記「好適な組成物」に関する記載は、ビニル基系のものとシラノール基系のものとを漫然区別することなく包摂する形で記載した部分である旨主張するが、仮に、ポリシロキサンの種類別に見てみても、前掲甲第二号証によつて認められる、本願明細書の発明の詳細な説明の欄の、「ビニル基連鎖停止ポリシロキサンの重量を基礎として五~五〇ppmの白金を与えるのに十分な量で白金触媒が存在すれば特に好ましい。」(甲第二号証(4)頁右上欄二〇行ないし左下欄三行)との記載によれば、右白金触媒量は、ビニル基連鎖停止ポリシロキサン一〇〇部当たり〇・〇〇〇五~〇・〇〇・五部に相当し、これを本願発明の実施例2におけるような五%触媒溶液を使用するとすると、その溶剤量は計算上〇・〇一~〇・一部となり、引用例における前記溶剤量〇・〇五~二・五部と重複することとなる。したがつて、原告の主張するビニル基系組成物の触媒量に関する本願明細書の具体的記載によつてさえ、本願発明と引用発明とは、その含有する溶剤量に格別の差異はないのである。したがつて、本願発明と引用発明とでは、含有される溶剤量に格別の差異があるとする原告の前記主張は、採用できない。

(3) なお、原告は、本願発明と引用発明との両者の実施例に記載された溶剤含有量の相違に基づいて、両者の間に顕著な効果上の差異がある旨主張するが、前示の本願の特許請求の範囲の記載によれば、本願発明は、その使用する溶剤量に数値上の限定がないことが認められるのみならず、右に述べたとおり、本願発明と引用発明とでは、その含有する溶剤量に格別の差異はないのであるから、両者の溶剤含有量に相違があることに基づく両者の効果上の差異をいう原告の右主張は、採用できない。

(4) 更に、原告は、他に解決すべき課題がない限り、組成物中に溶剤をより多く包含せしめるのが技術常識であるとし、引用例の組成物において、溶剤使用量を必要最小限におさえること、あるいは、溶剤を完全に使用しないようにすることは、その発想すらでてこないのが通常である旨主張する。

しかし、成立に争いのない乙第四号証(昭和四八年特許出願公開第六六一九六号公報)及び同第五号証の一(昭和四七年特許出願公開第三二〇七二号公報)によれば、溶剤の蒸散による大気汚染公害の防止や溶剤回収費用の低減ないし不要化の問題が、当業界における解決すべき課題として、本願の優先権主張日前、当業技術者にとつて周知の技術的事項であつたことが認められるから、引用例の、前叙の、溶剤の存在によつてもたらされる諸問題を解決するために溶剤不含の組成物を得ることの目的のなかに、前記周知の、溶剤の蒸散による大気汚染公害の防止や溶剤回収費用の低減ないし不要化の問題を解決することも、当然含まれているものと認められる。したがつて、引用例の組成物において、溶剤使用量を必要最小限におさえること、あるいは、溶剤を完全に使用しないようにすることは、当業技術者にとつて容易に想到することができたとした前記判断に誤りはなく、原告の前記主張は採用できない。

(5) また、原告は、引用例には、硬化用触媒として白金触媒を用いる技術を示すのみで、有機すず化合物を用いることについて何ら開示、示唆するところはなく、白金触媒を用いる以上溶剤を含有せざるをえないとすれば、本願発明のように有機すず化合物を用いることによつて完全無溶剤とすることは、当業技術者が引用例の記載に基づいて容易に想到することができることではない旨主張する。

しかし、本願発明の組成物が、硬化用触媒として有機すず化合物を用いる組成物に限定されるものではないことは、既に述べたとおり前記本願の特許請求の範囲の記載から明らかであるから、原告の右主張も採用できない。

(6) 更に、原告は、白金触媒を用いた場合の溶剤の使用量が、本願発明と引用発明とで著しく異なるのは、単に触媒と溶剤の組み合わせの違いによるものではなく、触媒がその中に分散されるところのシリコーン組成物自体の差異によるものと考えられる。即ち、引用例のシラノール基連鎖停止ポリシロキサン系組成物を、引用例の開示していないビニル基連鎖停止ポリシロキサン系組成物に置換したことによつてはじめて、右の溶剤使用量の激減という効果を奏しえたと考えられる旨主張する。

しかし、本願発明の組成物が、シラノール基連鎖停止ポリシロキサン系組成物と白金触媒との組み合わせ使用の態様を排除するものでないことも、前記本願の特許請求の範囲の記載から明らかであるから、右組み合わせ使用の態様が、本願発明から排除されることを前提とする原告の右主張も、採用できない。

(三) 以上の次第であるから、取消事由(2)も採用できない。

三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないのでこれを棄却することとする。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

(a)式

<省略>

(ここに、Rは一価の炭化水素基、一価のハロゲン化炭化水素基およびシアノアルキル基の中から選ばれた基、aは〇~三の数、bは〇・〇〇五~二・〇の数、そしてa+bは〇・八~三の値を有する)で表わされかつ一〇〇~五〇〇〇センチストークスの粘度を有しアクリロニトリルで安定化されたビニル基連鎖停止ポリシロキサンまたは式

<省略>

(ここに、Rは前記に定義された通り、そしてtは一〇〇~五〇〇〇センチストークスの粘度を与えるような値を有する)で表わされるシラノール基連鎖停止ポリシロキサン、

(b)式

<省略>

(ここに、R、a及びbは前記に定義された通りである)で表わされるオルガノヒドロゲノポリシロキサンおよび

(c)組成物硬化用の触媒の諸成分から成ることを特徴とする、通常ならば粘着するはずの表面に対して柔軟なシート材料を非粘着性にするための完全無溶剤組成物。

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